2014年4月4日金曜日

早期教育の問題点② 子供を過度に鍛える親たち

子供に小さい頃から、特定の運動や芸能を習わせ.る風景はよくあることだが、そんな中で、朝から夜中まで過酷と言っていいような英才教育を施す親がいる。ゴルフ、野球、サッカー、テニス、ピアノ、ヴァイオリン等等。

あまり好き嫌いで物事を判断する方ではないのだが、私は、このような行為をあまり好きではない。

こういう親は、たいてい何か強烈な思いこみを持っている。そして、そういう親に育てられる子供は、親の思いこみによって可能性を奪われることになるからである。




子供に過酷な練習をしいる親たちは、必ず言う。

「強制した覚えは、ありません。本人がやりたいと言ったのです」

嘘であるということは、親自身がわかっているはずである。
子供がやるように誘導しているし、子供の親に認められたいという気持ちを利用している。
こういう種類の親たちは子供の心理操作が巧みな人が多い。

頭角をあらわし、マスコミにも扱われるようになる成功した子供達は、ほんの一部で、その裏に多くの成功しなかった子供達がいる。

そういう子は、どういう一生を送るのだろう。

幼い時に、他の子供と遊びたい時に遊べず、他の子供が勉強している時に、勉強できず、ひたすら練習に打ち込み、ところが結果がでないとしたら、社会性も学力も学歴も中途半端な人間と鬱屈した思いが残るだけではないのか。


よしんば、成功したとしても、それでよかったのだろうか。

卓球の○○ちゃんは、強烈な思いこみのある母親に育てられたことは間違いがない。別の母親に育てられていれば、また違った人生があったことも確かである。この母親ははたして○○ちゃんの可能性を花開かせたのだろうか。それとも他にもあった豊かな可能性をつぶしたのだろうか。

この子がまだ幼い時に、泣きながら練習している報道があった。
マスコミは「○○ちゃん 泣きながらガンバル」みたいな扱いであったが、あるイギリス人は、極めて冷静に「子供を小さい頃から仕込むというのは、よく聞く話ではありますが、はたしてこの子は幸せをつかむのでしょうかね」と言っていた。
情緒に流されない冷静さがイギリス人の侮れないところである。

結局、子育ての場面で親が子供を鍛えるのは、必要なことでもあるのだが、この種の親には「子供は親の道具」という感覚が見え隠れするので、嫌悪感がわく。 

自分が果たせなかった思いは、自分自身の人生で解決すべき事である。自分の果たせなかった夢を子供を使って実現しようとするのは、どう自己弁護しても、子供を道具として使っているに過ぎないことは明らかである。



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