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2016年2月19日金曜日

興福寺 阿修羅像は何故子どもの顔をしているのか


阿修羅像は「憤怒の形相」で造られるのが通常である。

興福寺の阿修羅像のようなものは、他に見たことがない。
「なぜ、中学生のようなお顔なのか」という問いに対して、明確な答はどこにもないようである。

最初に書いておくと、私は、阿修羅像にかかわらず、仏像全体に特別な思い入れはない。小学生の頃に初めて阿修羅像を見たが、感想は
「うぇーー気持ち悪い。」
「手が何本も生えているぞお!!!」
「顔がたくさんある!!!」
「なんだこれは?」・・。

何か異様なものを見てしまったという、今で言うSFX映画を鑑賞した感覚である。今もこの感覚は少し残っている。

随筆家は、仏像に過剰な思い入れをもって接する時があり、あまりの思いの濃さに読んでいて辟易する場面も多い。
私は阿修羅像を含め、どのような仏像を見ても、あまり感情が動かない。宗教心がなく、仏像群を美術品として見るからかも知れない。

2015年11月7日土曜日

長谷川等伯「松林図屏風」 ただの下書き図が国宝になった理由

レンブラント展に行ってきた。エッチング中心の展示で、なぜエッチングかというと、その使用された紙が、私の住んでいるところで昔から生産されている和紙ではないかということで、話題になったためである。 
(松林図や葛飾北斎に思い入れがある人は読まない方がいいかなあ。それでもという方は、どうぞ)

2015年10月11日日曜日

楽焼き 楽家歴代家元の茶碗展をみて

茶の湯の茶碗等、道具類は、部外者にはその価値がわかりにくいところがある。
朝鮮あたりで本当に飯茶碗に使っていたような物にも独特な価値を認める。そこに新しい美の創造は感じるのだが、仲間内だけで通じる美意識、何か閉ざされた美意識という偏見も抱いていた。

茶道の家元制度に対しても、伝統の継承は大切だが、一方、千利休の確立した所作を守っていくだけなら、新たな美の創造とは無縁であり、それなら芸術としては死んだ存在、いわゆる伝統芸能の類(これはこれで価値がありますが)になるだろう。そして「上手な集金システムが確立された組織」という感じも、抱いていた。

茶道の話になってしまいましたが、もう一つ書くと、極論ではありますが、もう今の時代、一碗をみんなで使って茶を飲むというのは、無理じゃないかと感じています。そこに意味があるのだという主張はわかるが、お湯でゆすぎ、布でひとぬぐいするだけでは、女の人の口紅の跡などは取りきれない時があります。基本的に不衛生ではあることは認めざるを得ません。
今は、強い感染力を持つ細菌、ウィルスも見られる時代である。潔癖主義のいきすぎた現代社会にも問題はあるが、これはやや時代に合わなくなっている一例ではないでしょうか。
しかしこういう伝統芸能化している分野は、伝統の継承こそが目的となっているので、変革はなかなか難しいのだろう。

本来の茶道の目的は、客人をどう迎えるかという点にあり、その日の天気、季節、客人の様子・気質にあわせる柔軟性、即応性がおもしろみでもあるのだが、そういう客人や時代に合わせる努力は、今の茶道界もされていることはわかっている。

しかし、その変化への対応と芸術性の両立という点から考えると、なかなか難しいようである。客人や時代への迎合ではない「もてなし」と、芸術性を両立させた千利休という天才は、そうそうは現れないということを感じさせる。


本題に戻ると、国宝の「卯花墻」も、写真で見て「閉ざされた美意識」のたぐいのものじゃないだろうかと思っていた。