2013年2月23日土曜日

欧米人の価値観④ 欧州人が AT車に乗らない理由

私は未だにMT(マニュアルシフト)の車に乗っている。日本では、いつのまにかAT(オートマティック)比率が98%を超えてしまったので、MTの車を探すのに苦労する状態である。ところが欧州ではMT比率が未だに90%以上である。
何故彼らは、MTにこだわるのであろう。この理由について明確に述べた自動車評論は、見つけることができなかった。

私が、ATが嫌な理由は、ATの車は何か「自分で勝手に動く」という感じがするからである。きちんと車を自分でコントロールできない感じが嫌なのである。たぶんヨーロッパ人が、嫌なのもこの点だろうと思う。

ヨーロッパは、氷河地形であることはよく知られている。そのためフランスあたりでも表土が30㎝程度、ドイツあたりだと15㎝程度で(←はるか昔に習った高校地理でのうろ覚えで不正確である)、その表土が流失してしまえば、その下は岩盤である。   基本的に痩せこけた土地なのである。


熱帯の豊かさに接した白人が「なぜ神は私たちにこのような痩せこけた土地をお与えになったのだろう」と嘆いたという話がある。

このような自然環境で生きると、どういう人間になっていくのだろう。

以前、テレビでヨーロッパのある島での生活を紹介していた。
そこの島は岩でできていて土というものが少ないので、岩から土を作るという話である。大きな岩を割り、最後は鉄の棒を使って、粉々に砕いていくのである。
岩を土にするのである。気の遠くなるような作業を延々と行っていた。しかもそうやって作った土が流れないように、管理をしていかなければならない。

こういう環境では、強い意志と体を持ち、自然を自ら完璧にコントロールしようとする計画性や実行力、統制能力を持たないと生きていけない。「自然に身を任す」などは、感覚的にありえない。自然に身を任せていては死がやってくるだけである。いろいろな事象をきちんとコントロールしたい、あるいはしなければいけないという感覚は、彼らの骨身にしみていると言うことである。

そのような彼らの感覚が、ATを厭うのではないだろうか。
AT車を運転していて感じる、「何か勝手に動く」という感じ、勝手にシフトアップしたり、勝手に前に出ようとするあの感覚が許せないのだと思う。そういうものに乗っていると常にこの状態は危険だという感覚がして、不安感・不快感がなくならないのだろう。
そのため彼らは、きちんとコントロールできる感覚が得られるMTを好むのである。

彼らには自然に身をゆだねるという感覚は無い(彼らにも、神に身をゆだねるという感覚はあるのだが、よく似ているが両者は同じではない)。それは本能的に危険だという感覚を持つ。同じように機械に身をゆだねるという感覚もないのであろう。

対して、日本の自然は、ヨーロッパのそれに比較すると、やや優しい。それほど完璧に自然をコントロールしなくても生きていける。そのため「自然に身を任せる」ことを是とする感覚がある。ただ、熱帯に比べると日本の自然は厳しいものがある。熱帯では完全に自然のままに身を任せていても生きていけるが、日本の場合は、ある程度、計画を立て、見通しを立て、自然もコントロールしていかないと生きていけない面もある。そこはヨーロッパと似ているのだが、やや日本人の方が甘いのは、それだけ自然が優しいと言うことであろう。そのような理由で日本ではATが受け入れられたのだと思う。

ならアメリカはどうなのということになるが、あの広大な大地を移動するのは大変なので「移動は、なるべく楽に動くことができればいい」と思っているのは間違いないと思う。AT車が受け入れられる下地があったのである。(←欧州人のことを考えて書いていたら、アメリカ人の分析をするのが億劫になってしまいました。また時間があったら、もう少し突っ込んで考えてみますね。)

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