2015年11月7日土曜日

長谷川等伯「松林図屏風」 ただの下書き図が国宝になった理由

レンブラント展に行ってきた。エッチング中心の展示で、なぜエッチングかというと、その使用された紙が、私の住んでいるところで昔から生産されている和紙ではないかということで、話題になったためである。 
(松林図や葛飾北斎に思い入れがある人は読まない方がいいかなあ。それでもという方は、どうぞ)


小学生の時に、なぜか家にレンブラントとゴヤの画集があった。小さい時だったので、特に何の思いもわかなかったが、それでも対象をしっかりと捉え、光と影、色彩の関係をよく観察し、立体的な造形として仕上げていること。またその中で人物の心理描写を書き込み、優れた芸術となっていることは、無意識に感じていたように思う。

右はレンブラントの自画像で、上は20代前半の作品である。
昔の作品を現代の目や価値観で解釈してしまい、独りよがりの感想を述べることがあるので注意が必要なのだが、顔の表情が暗くわかりにくいこの絵からは、青年期特有のまだ自分が何者かわからない漠然とした不安感というものを感じてしまう。

その後、母方の実家に浮世絵集があったので、見る機会があった。それまでレンブラントに親しんでいた小学生の私の目から見ての感想は、
 「なんだこれは」である。

立体感のない平板な構成、何を考えているかよくわからないのっぺりとした美人画、何をいいたいのかよくわからない富士山の絵、きれいに書いただけの花鳥風月。そこにはなんの感動もなかった。
対象物の本質に迫ろうとする気迫も訴えたいことも、何も伝わってこなかった。 

今も高く評価されている葛飾北斎は、そんなに絶賛するほどのものだろうか。はっきり言って「フーーン」という感想しかなかった。
確かに構成というか視点のおもしろさは感じたが、右のような書き方をしなければいけない芸術性というものがわからなかった。

むしろ書き方に
「どうだお前ら、こんなおもしろい視点で富士山は描けないだろう」みたいな衒いを感じてしまい、好きにはなれなかった。

絵画と版画を比べるのは公平ではないが、ここに当時のエッチングと浮世絵もしくは油絵と肉筆画を持ってきても、結論は同じだろう。ただ、こういう浮世絵を購入した人々が大勢いるという文化の高さは認めるべきとは思うが。

明治維新後の近代に生きた日本人も、同じ事を感じたのではないかと思う。レンブラント ゴヤ 葛飾北斎は江戸時代の人で北斎が一番後に生まれている。それで、この違いである。
西洋画の圧倒的な素材感と描写力、自然や人間の本質を振り下げた描写、そのための独創的な手法。

圧倒されたというのが本当ではないだろうか。

そのような印象派等を含めた西洋画の洗礼を受けた日本人が、「いや日本にも、自然の本質や心情を深く堀下げた絵がある」ということで出してきたのが右の長谷川等伯「松林図」である。
確かに、近代絵画に慣れた目で見ると、霧に紛れながら茫洋と立ちつくす松林は、見る人に自然の本質と寂しさ、そしてその図を書いた人の心情まで感じるような絵になっている。

しかし、これはあくまで私たちが近代的な絵画を見た、その目で見るからそう見える絵に過ぎない。私たちの思いこみの産物だと思う。
長谷川等伯は、凡庸な画家ではないが、かといってそれほど革新的な画家ではない。どちらかというと真面目に書き上げるタイプで、その筆の運びはなめらかと言うより、やや堅さ(稚拙さ)も感じられる。
芸術家の持つ革新性は、時代の影響を色濃く受けながら、その先端からもう一歩先んずる程度のものであり、時代を何百年も飛び越えるというか、時代から切り離されたような作品は出てこない。

等伯は、どの作品も、真面目に事前に構図をよく考えてから描いている。ところが「松林図」はあまり考えずに筆を手にした感じが強く、構図のバランスも悪い。そこが現代人の目で見ると、また一つの美を感じさせる要因となっているが、等伯自身そこまでの効果を考えて描いてはいないでしょう。他の作品を見ても、そういう感覚は無い人である。
だいたい元の原図自体どのようなものだったのか、明確にはわかっていないしろものである。このわからなさが人気の一つともなっているのだが、どうなんでしょうね。

「松林図」は、何かの下書きだったのではないかと言われている。確かに、あのようなものをそのまま作品として出して、それが受けいれられる時代ではない。当時の人があの絵を見れば、「ああ、下書きの下書き、覚え書きのようなものだね」としか、とらえなかっただろう。


それでもこの絵を「作品」としてとらえ、後の人が解釈することは自由なのだか、等伯自身は、「これが国宝ですか。水墨画の最高峰、珠玉の作品と言われてもねえ」 と苦笑しているのは間違いないように思う。



1 件のコメント:

  1. 先日めずらしくこの記事にコメントを寄せていただいた方がおられた。
    ありがたいと思ったのだが、内容はこのようなブログをやっているとたまにある感情的な書き込みで、残念ではあるが、そのまま削除してお仕舞いにしました。

    たぶん、強い思い入れを持っておられた「松林図」(北斎さんを含めた浮世絵などかも知れませんが)を、私が一刀両断したわけですから、びっくりされ動揺されたんでしょうね。まあ相手は「国宝」ですからね。

    でも今、読み返しても長谷川等伯「松林図」は、とても幸運な過程をへて「国宝」になったものという私の意見はかわりませんね。葛飾北斎も評価は過剰でしょう。印象派に影響を与えたということが繰り返し語られ、その西洋での評価が浮世絵の再評価につながったのは間違いないでしょうが、それがなかったら、どうなってたのでしょう。北斎漫画はおもしろいですがね。そして印象派は浮世絵が無くても出現したでしょう。印象派の出現は西洋芸術史の必然ですね。


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