2016年4月24日日曜日

弦楽器製作者は、職人さん?芸術家?

今まで、「芸術家」と「職人」は全く違う種類の人と受け取っていたのだが、弦楽器の製作者に関しては、この両方の要素がないとダメなんじゃないかと思う。当のヴァイオリンやチェロを製作する人は、ご本人たちはどういう意識なんだろうか。以下、とりとめもない感じですが、書いてみます。

そもそも職人と芸術家はどう違うのであろう。あるブログにあったまとめを引用させてもらう。



職人さん
○技  術:職人の評価基準。これなくして職人とは言えない
○独創性:二次的なものであり、重要視されない
○成果物:商品(注文または一般に流通していく、数は多くない)
○評   価:主に一般消費者


芸術家
○技   術:優先的ではない、あるに越したことがない程度
        確かな技術が身についていることが必要

                職種によっては卓越した技術が求められる場合も
        修業時代だけでなく、一生涯磨いていくことも大切
○独創性:芸術家の評価基準。これなくして芸術家とは言えない
○成果物:作品(一点もの、ないしは限定数)
○評   価:評論家、愛好家、投機家



楽器は、それぞれ固有の音色と音量を持っている。我々は、そこを少しでも良くしたい、または自分の好みの音に近づけたいと思い、いろいろと弦を換えることとなる。

しかし、いくら弦を換えても、楽器本来の性格は変わらない。弦を換える変化は、楽器の本来の音質まで換えるほどの効果はない。もしそんなことができるのなら、どんな楽器でも弦を換えればいいということになってしまう。

当たり前のことであるが、なぜこのようなことを書いたかというと、日本のある弦楽器製作者のブログに次のような一文を見たからである。

要旨を簡単に抜き書きすると
 ○最近、様々な弦が開発されることにより、以前は見向きもされなかったような楽器が評価されるようになってきた。
○ヴァイオリンやビオラのナイロン弦や、チェロや高音用のスチール弦も嫌な音が少なくなってきている。そのため、かつては「嫌な音」として敬遠されてきた楽器が音量があるとして称賛されるようになってきている。

現代は、「とにかく音が大きい」という選び方をするのが普通である。かつてはやかましいだけのヴァイオリンが優れたヴァイオリンと評価されるようになってきている。当然売れるためには職人も皆そのような楽器を目指して改良していく。

ようするに、現在は、弦が改良されているので「大きな音」のする楽器を作るのが目標となってきているということのようである。なるほどと思う面もあるのだが、どうなんでしょうね。
この人自身もそれだけで割り切って良いのかというような思いはあるようなのだが、この方のブログを拝見すると、技術的な良否については厳しいが、どういう音色を目ざしているかとなるとブログを拝見している限りでは、よくわからない感じである。

楽器を弾いてみると、同じチェロと言っても音色、音量は様々で、平板でおもしろみのない音を出す楽器と、上品としかいいようのない音をだす、言わば「格の違い」を感じさせる楽器は、必ず存在する。これは、弦を換えようが、何年弾き込もうが、乗り越えるのこのできない差である。言わば生まれが違うのである。
そのため、楽器職人は独自の音色を追求し、さらに大きな響きを求めて、日々研鑽を積んでいるものだと考えていた。実際、外国の職人さんには、基本を学んだ後は、自分独自の作品を確立するために日々奮闘する人がいる。白人は、弦楽器製作のだけでなく、どこの分野であっても世界のどこにもない独創的な唯一無二のものを作ろうとする。彼らは職人であっても芸術家的な要素を持っている。

日本人の職人さん場合は、伝統を踏襲することがまず第一になり、職人としての領分を踏み出すことはいけないととらえる傾向が強いようである。西洋の場合は、そういう意識が弱く、弦楽器製作の場合は、それが良い方向で影響を与えているというところでしょうか。

2 件のコメント:

  1. 技 術:優先的ではない、あるに越したことがない程度 とありますが、技術があるからこその表現の幅であり、あえて二つしかないものとして天秤にかけた場合のそれが、技術に対しての感性であるならば、そちらが上ということであり、たとえどの程度の芸術であっても、両方がなければ、それを果たして芸術として成立させることができるのかということです。芸術とは本来、その両方を持ってなしうることであり、どちらか、片方だけでもできうるものであるというのは、多くの日本人が思い込んでいるだけのことに過ぎません。片方だけのものは、さなぎのようなものであり、まだ芸術としては育っていないものなのです。熱心なブログをたまたま拝見しましたので書かせていただきました。失礼いたしました。

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    1. コメントありがとうございます。チェックが遅くなり申し訳ありません。おっしゃられておられるように「芸術家 技術:優先的ではない、あるに越したことがない程度」というのは間違いですね。優れた基礎技術の上に芸術が花咲くものだと思います。ピカソのデッサン力は有名ですが、確かに芸術部門に進んだ友人は、才能もありましたが、毎日よく練習をしていました。ご指摘に従い、本文も修正しておきますね。

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