遠鳴りのする楽器という言葉がある。
「この楽器は、近くではそれほどの音ではありませんが、離れて聞くとすばらしく響く、遠鳴りのする楽器です」などという話が、時々披露される。
若い時は「弦楽器の神秘」とか思いましたが、最近は「素人は、自分で弾いていて美しく聞こえてくれればいいんだよね。遠くで聞いてくれる人なんかいないしね。まあプロは大変だよね」といって受け流すようになりました。
「近くではあまり鳴らないが、かえって遠くのほうがよく響く」というは、物理の原則に反する言い方である。音量は、距離が離れれば必ず減衰する。
しかし楽器の「鳴り」は、「音量」とともに「音色」という要素も関係する。
音量がさほど出なくても、音色によっては「よく鳴っている」と感じる場合はあるだろう。反対に、音量が出ていても、離れると聞こえにくい音色というのはあると思う。
人間の場合、大きな声でも通らない声というのがある。
また大きな声でもないのに、よく聞き取れる場合もある。
一般的に、女の人など声が高い場合や堅い音色、滑舌が明確である場合に、遠くでも聞き取りやすいように思う。反対に、柔らかい低めの声で、滑舌が悪い場合には、離れると聞き取りにくいだろう。
しかし、良く通る人の声は、近くで聞くとますますよく聞こえる。遠くでも聞き取りやすいというだけで、近づけばもっと聞こえる。近くだと、あまり聞こえないが、遠くだとよく聞こえるということはありえない。(地声のでかい人というのはいるもので、近くでしゃべっているのを聞くとうるさすぎて、聞きにくく感じることはあるが)
そして人間の場合は、聞き取りやすい声が、美声かどうかなどは問題とならない。
楽器も、同じ事が言える。
堅めの金属的な音や、音の出だしが明確な弾き方などは、遠くでも聞き取りやすいと思う。反対に、暖色系の暗めの音で、ふにゃふにゃとした弾き方をすると、離れると急速に聞き取りにくくなるだろう。
ただ楽器の場合は、いくら通る音でも「キンキンとうるさい」「ガーガーとやかましい」場合には「安物の音がする」とか片付けられ、「美しい音」に聞こえる楽器は、滅多になく貴重な存在なので、珍重されるということではないかと思う。
まとめてみると、離れていても(というか離れた方が)良い音がよく聞こえる場合は、次のようなことが考えらる。
①離れてバンバン響く楽器は、近くで聞いてもよく鳴っているものである。ただ、奏者によっては、力を入れて弾くと、弦と弓毛の擦過音のような雑音がまじったり、音の出だしが明確すぎて、近くで聞くと美しいとはいえない場合がある。離れるとそういう雑音は聞こえないので、良い音に聞こえている場合。(=奏者の問題)
②本来の音は、音量自体はあるが、音質があまり良くない。しかし、あるホールで弾くと、音質の要素の一部が、聴衆の衣服や人体、ホールの材質などに吸収されたことにより、かえってよく通り、かつ美しい音質に聞こえる楽器の場合。(=楽器の問題)
③ホールの響きの関係で、ある程度の距離に座ると、ちょうど悪い音素は聞こえず、残響などもよい具合に響き、音に包まれるように心地よく聞こえる場合。(=ホールの問題)
という場合が混在しているというのが真実ではないかと思う。
確かに、遠く離れると良い音に聞こえる楽器や弾き方はあるように思うが、そういう現象が成立するためには、楽器の音色、音量、奏者の弾き方、周囲の環境などいくつかの条件が関係しており、その楽器自体が、いついかなる時でも「遠鳴り」するとは限らないと思います。
プロの奏者は、広いホールで多くの人を相手にするので、「遠鳴り」というとに関心が強く、よい楽器が欲しいという思いと共に「弾き方」も工夫されるのでしょう。ただ奏者はまず「自分が考える美しい音」を追求するので、それが遠くまで届く音色になるかどうかは、「結果」でしかないでしょう。しかし、その上で「遠鳴りする音」が出る弾き方を研究する人はおられるのだと思います。
私のような素人の場合は、自分に聞こえる音が心地よければいいので、わざわざ遠い人にしか良い音に聞こえない楽器など選ぶ必要はないと思います。
まずは、遠鳴り云々とは別に、「しっかりと楽器を鳴らすことのできる弾き方」を、よい先生について、勉強したいですね。
後は余談です。
弦楽器は、とにかく「伝説」の多い業界だと思う。
特にヴァイオリンやチェロには、「遠鳴りする楽器」の他に
「1時間ひきこむと見違えるように響き出す」
→これは楽器自体の変化ではありません。
「古い楽器は特有の音がする。これはよく弾きこまれた上に、歳月の経過によって木質が・・」
→古い楽器とよく作られた新作をブラインドテストで弾き比べると、違いは専門家でも指摘できません。これには反論もよく試みられているようですが、いろいろな国で何回テストしても結果は同じです。
「新作楽器は、これから変化するので楽しみです」
→新作楽器でも、変化する楽器と変化しない楽器があります。またその変化も、良い方向に変化する場合と好ましくない方向に変化する場合があります。楽器商は、その楽器がどういう方向に変化するのかは、予想できません。(予想できないのは製作者も同様ですが、長生きできると、若い時に作った楽器の変化を見て修正できるので、良い楽器を作れる可能性が高くなります)
「練習の時は、近くで聞いていて鳴らない楽器だなあと思いましたが、本番の時はホール全体に朗々と響きびっくりしました」
→これは、遠鳴りとかいう話でなく、本番になって演奏者にスイッチが入ったからでしょう。
など、素人をたぶらかせる、この種の話があまりに多すぎるように思います。
また、私たちも高い有名楽器をひかせてもらい、あまり響かないので「私の腕では、十分鳴らせない」などと言ってしまうが、本当に良い楽器は、素人がひいてもそれなりに良い響きがするものです。
だいたい、イタリアの古い楽器の多くは修理をされすぎて、大ホールでの使用はちょっとしんどいというのが、正直なところではないでしょうか。 先ほど書いたブラインドテストなどでも、そういう傾向が読み取れるようです。
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